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追悼 平岡先生
つい最近知ったのだが、私の人生でもっともお世話になった恩師である平岡先生が、3月11日にお亡くなりになった。

平岡先生は、渋谷にあるIA Prep School平岡(通称「平岡塾」)という英語塾の塾長で、私はここに中1から高3まで生徒として通い、その後5年間講師として働いた。

平岡先生はとてもカリスマのある先生で、私が中1のころから有名な「ばあさん」だった。当時は桜丘の旧校舎時代だったが、平岡先生はまだまだお元気だったので、ほぼすべての授業をご自分でなさっていた。特によく覚えているのは、声を出して文章を読む練習や、基本的な文章の暗記を繰り返し繰り返し行ったこと。最初の頃は毎回「お帰り問題」というのがあって、たとえば時間に関する表現(What day of the month is it today?など)約20個を平岡先生の前で正座してそらで暗誦できないと家に帰れない、とうシステムがあった。その他のお帰り問題としては、リンカーンの「The Gettysburg Address」の暗誦などがあって、今時の日本ではめずらしい英語教育法だった。塾なので、普通は大学に合格することが目標のはずなのだが、平岡塾はそうではなく、本物の英語力を身につけることが目標だった。そのため、日本の教材はほとんど使わず、主にイギリスの教材を使って、発音の練習、Speaking/Listeningの練習、マニアックな文法(前置詞の使い分け等)、読書、作文などを勉強した。読書の教材は、「ドンキホーテ」(中1)、「80日間世界一周」(中2)、ジョージ・オーウェルの「動物農場」(高2)、ラッセルの哲学書、シェークスピアの「ヴェニスの商人」など、あの頃原文で読んでよかったと今からでも思えるものばかり。文法書もOxfordの文法書を使っていた。このように、大学合格を歌った学習塾や普通の学校の授業とは根本的にレベルが違ったので、本当に英語好きの優秀な生徒達が集まっていて、一緒に勉強しているだけでも楽しかった。アカデミックなサロン、と言ってもいいかもしれない。そんなわけなので、卒業生の東大合格率はもちろんとても高かった。

でも平岡先生のすごいところは、勉強法だけではなかった。まずは外見。派手なスーツに巨大な宝石を身につけ、タバコをふかしながら、「はい次。そこのセーラー服のねえちゃん。は?やってない?だっめ!!やる気ないならもう帰んな。」などと生徒を当てていく。神戸女学院出身の関西弁。ヒルトンホテルに住み、ハンドバックには札束が入っている。貫禄たっぷりで、平岡先生が教室に入ってくると教室の空気がぴんと張り詰めた。

そして、その信念というか熱意が魅力的だった。ある日、宿題もやらずに授業中私語をしていた男子生徒が、平岡先生に注意されて、反抗した。平岡先生は当然怒り「もう出てけ。」と命令した。その生徒は、「授業料払っている。」とさらに反抗した。平岡先生は、待ってろといって5分後に札束を持って教室に再度現れ、「私は親御さんから授業料をもらって貴重な生徒たちを預かっている。この子達がきちんと英語ができようにする責任がある。だから、邪魔する人は要らない。授業料払ってると言ったが、それはあんたの親が払ってるんであってあんたが払ってるんじゃない。親に感謝もしないで、なんのつもりだ。今までの授業料全部返したるから出てけ。」というような趣旨のことをおっしゃって、彼の面前に向かって札束を投げた。教室に1万円札が舞い、その生徒のみならず、助手の先生含め全員がびびった。

脱税で逮捕された話も有名だが、「国に税金として払ってもろくな使い方しないんだから払わなかった。」と取調べ検事に言ったというのだから、ある意味信念を曲げなかった人と言えるだろう(もちろん脱税は犯罪で悪いことですが)。

最先端の分野で活躍している卒業生が、昔を偲んで平岡先生に会いによく平岡塾に遊びに来ていたが、そのように先生・生徒間や生徒間の絆が深いのも平岡塾のいいところだった。私も未だに当時のクラスメイトとは交流があるし、講師時代に教えていた生徒からも未だに「大学に入りました。」、「就職しました。」などの報告をもらったりするのがとてもうれしいのだが、そんな学習塾はめったにないだろう。

とにかく、帰国子女でもない私が渉外弁護士となり、アメリカのロースクールを卒業し、今こうしてアメリカの法律事務所でまがいなりにも働けているのは、平岡塾ひいては平岡先生にお世話になった11年間のおかげであり、とても感謝しています。平岡先生のご冥福をお祈り致します。

追記:この日、私のブログ始まって以来の1日355アクセスを記録しました。今更ながら平岡先生の影響力を感じた次第なので追記しました。
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by ilovemascarponeR | 2007-04-16 11:05 | Law Firm Life
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